ホーム > 院長ブログ

院長ブログ

平成29年12月、手術なし~黒﨑 邦敏作陶展に銀座へ、日光《ゆば亭ますだや》にて早目の忘年会、旧いカルテ~

~黒﨑 邦敏作陶展に銀座へ~
■平成29年12月10日(日)外来終了後、銀座へ向かう。
電車に乗り川間駅を出て江戸川鉄橋にさしかかったとき、忘れ物に気付く。前日買っておいたせんべい。
1年おきの《ハヤシ画廊》における展示。
午後2:00ー6:00まで初日ということで十数名がいて、おいしい手作りのローストビーフを、ワインと共にいただく。
いつも心のこもった味がする。黒﨑さんの一族。

あるテレビ局の有名深夜番組のプロデューサー。
はじめてお目にかかる。栃木大田原の出身という。確か、黒羽、喜連川の近く。何回か行ったことがある。
NHK深夜のSL番組を見ていたら東野(とうや)鉄道のあまりお目にかからない汽車が出てきた。
この地に鉄道が敷かれた歴史的背景を考えてみた。

家庭的な楽しい時間であった。
案内状の写真の大皿は立派である。

~日光《ゆば亭ますだや》にて早目の忘年会~
■平成29年12月12日(火)春日部発10:03 特急けごん13号、日光着11:16。
インターネットにてお世話になっている2人が浅草から乗車。前日に座席番号を知らせておいたので、乗車したらそこにいた。
もう一人、元東武不動産 南栗橋住宅販売センター長。柏に住んでいるのだが、この日〈運河-江戸川台〉間にて車両故障により不通。
朝、テレビの表示にあり電話しておいたところ、常磐線にて北千住に出て、春日部に合流できた。
あと給食の2名、計6名。

《ゆば亭ますだや》の店主、著書『登り道ー鳥甲山から産婦人科医へ』に署名してくれと言われていた。
持参した筆ペンにて記入。『お品書きまで書いてもらっていて有難い。客に見せる。』と言ってくれる。

2階の特別室を今回も使わせてもらう。
栃木、那珂川町の酒蔵の芋焼酎。くせのない、ゆばと良く合う酒。
さすが社長の選択したものと感心していたが、今回は一層その感が強いと感じた。
ゆばのぜんまい和えの味はいつも感心させられる。
たぐりゆば味噌田楽の甘みのあるタレは何と品のある味だろう。

店を出て左へ、ゆるやかな坂道を上る。おみやげに《ゆばの刺身》を求め海老屋へ。売り切れ。
道路を挟んで真ん前の《ふじや藤屋商店》にて求め2人に渡す。

14:23 特急リバティは運休。日光発14:56 特急けごん34号に乗車。春日部着16:11。
早目の忘年会ではあったものの、初参加のネット屋さんの一人は日光は初めてといい、強く記憶に残る会になったと思われる。

~旧いカルテ~
■この12月のある日の午後、すっかり葉を落としたいちょう並木を歩き、近くのスーパーストアへ。
冬の陽のさす風もない気持ちの良い通りだ。

店内の鮮魚を見て、野菜売場にいると、不意に『先生』と声をかけられた。
その声は老婦人からのものだった。顔は見たような気がする。
『先生に助けてもらった〇〇です。』と言う。
『肉腫で慈恵医大西新橋の本院に紹介され治療して頂きました。寺島先生』と続いた。
帰ってカルテを調べた。
=====
昭和60年4月3日初診。
昭和19年10月10日生まれ、40歳、1回経産(腹式帝王切開術)。

昭和60年4月3日、今朝午前1:00 排尿試みるも出ない。痛みあり。
午前4:00 近隣医受診導尿500ml排尿あり。
帰宅後も痛み続き、午前7:30 同院再診導尿800ml(+)。
午前9:00 別の近隣病院泌尿器科受診。白血球13400、膀胱炎ではないと言われる。

同日当院来院受診。
左上膣壁に鶏卵大の腫瘤認め、診察時、同腫瘤破け、その部を病理組織検査に提出。
後日、肉腫という診断。
昭和60年4月14日 慈恵医大病院に紹介する。

昭和60年6月14日付の報告書が送付されてきた。
同日、手術、放射線および化学療法を行うという。
=====
教授になったばかりの寺島 芳輝先生の文を読んでいると、
口癖の『それこそ、それこそ』という言葉の次に『うー、うー』という鼻いきが伝わってくる気がした。

確かなことは、肉腫という悪性腫瘍を早期発見、早期治療し、延命できたことを、この時確認できた。
年賀状に『旧いカルテみつけました』と添え書きし発送する。

 

【参考サイト】
黒﨑 邦敏 氏

銀座ハヤシ画廊

東野(とうや)鉄道

ゆば亭ますだや

『登り道~鳥甲山から産婦人科へ~』太田 八千穂 著

慈恵医大 歴代主任教授 寺島 芳輝 氏

 

平成29年12月31日(日)記
川間太田産婦人科医院
院長 太田 八千穂